「勝浦に行く人はいませんか?」高体連広島地区の委員会でこう言われた「きます」と思わず手を挙げていた。というのは、その年の春霜会稽古会・懇親会で出張先生が「勝浦は良かったですよね、吉岡先生!」と話しているのを聞いていたからだ。「また行きたい」としきりに出張先生が言っているので、てっきり今年も行くのだろうと思って連絡をとった。「僕も勝浦に行くことになったよ!」というと、「ほんま?よかったね」とそっけない。「出張先生はいかんの?いくんじゃろ?」と聞くと「吉岡先生に連絡してみる」とやや慌てた様子だった。後から聞くと、いい研修会だけど毎年は行けない。でも3年に一回ぐらいは行きたいと言っていたらしい・・・(ワシっていつも大事なところは聞いとらんのよね)しかしさすが出張先生。「行きましょう!吉岡先生も『一生に一度の・・・』とかなんとか言いよっちゃったけど行かれるよ」と連絡があった。ということで広島県から派遣される4名の内、春霜会会員が3名をしめるという快挙が達成されたのであった。(お二人には大変なご迷惑をおかけしました)
皆実高校の中島先生とともに4名で勝浦の日本武道館研修センターに着き、受付をすませ、部屋で着替えて開講式にのぞんだ。開校式では岡村忠典先生が挨拶され、先生の恩師湯野先生の言葉として紹介された「本質は具体化する。が、具体は本質とはなりがたい」という言葉が印象に残った。「先生方にはこの研修会で剣道の本質を学んでいただきたいと思います」という岡村先生のお言葉で気持ちが引き締まったように思う。引き続き菅野覚明先生の講義「武士道の子弟教育観」。不覚にも途中何度も記憶がとぎれてしまう事態におちいってしまったが、武士道とは武士の「強さ」の追求の結果である。圧倒的な強さ、力量の差による余裕(ゆとり)・自信、そこから他者への優しさが生まれること。武士道とは「武士」として生きる修行の過程であり、修行している限り悪事は起こらないこと・・・剣道をしている自分は、胸を張って「俺は現代の武士だ」といえるだろうか?そう考えて剣道に取り組めているだろうか?教員として生徒に何を伝えているのだろうか?と様々なことが頭をめぐった。
場所を大道場に移して稽古に入った。愛知の林先生の指導のもと面打ち中心に実技研修は進んでいった。「竹刀が体の中におさまるように」「竹刀を振り上げるときは右足を動かさずじっとためて一気に打つ」ということが強調されていたように思う。続いて段別にA,B,C,D,Eの班に分かれて稽古。林先生、岡村先生、目黒先生に稽古をお願いする。一足一刀の間合からの面が打てない。自分はそこからさらに一歩はいらないと打てないのだ。全部乗られてしまう。八段の先生方を相手に勝負にならないのは当たり前なのだが、自分のこれまでの稽古のあり方が問われる稽古となった。(これまでずいぶん楽な稽古をしていたのだなあ)そして・・・参加されたみなさまはわかると思うが、村上先生がバチをもたれて太鼓を打ち鳴らされると・・・切り返しと掛り稽古の始まり。これは40男には結構きた。
風呂に入り食事をとって、出張先生・吉岡先生の部屋でささやかな反省会。自分としてはここでの吉岡先生のお話で、この研修会がさらに充実したものになったと思う。研修の意味、先生方に稽古にかかる意味など、今日の稽古の意味は何となくこういうことかなとぼんやりと思っていたことを吉岡先生は、はっきりすっきりまとめてくださった。
次の日の朝稽古。5時に起床し準備をして道場に向かうとすでに剣道具をつけた出張先生とすれ違う。おおっとこれは遅れをとった。道場に行くとおもだった先生方の前には面がずらっとならんでいる。これはいかん、出ばなを完全に打たれている。「廣目先生、東京の中島先生にお願いしてごらんや」という出張先生のアドバイスを受け稽古をお願いする。昨日の反省から今日は一足一刀からの面、先生方の気持ちを打ち破るつもりでいくことを決めていたので必死にかかった。中島先生の面はスピードもさることながら、打った後の姿勢が美しい。続いて茨城の遠藤先生にお願いする。面にいったところを胴、乗って面、小手とすべてしとめられる。稽古の後先生から「素直すぎる。間合いとためをもっと研究しなさい」と言っていただいた。その後は恒例の村上先生の・・・朝から結構頑張った。
朝食をとり剣道形の研修。吉岡先生とペアになり林先生の指導を受ける。細かい動作よりも内面的・精神的なことを強調されていた。私にとって一番参考になったのは林先生の構えの美しさ、雰囲気、オーラが感じられたことである。すっと上段に構えられても何か気品があるというか・・・剣道形のとき、自分はいつも力任せで力むのがよくないと言われているのだが、自然と力が入ってしまう。(吉岡先生ごめんなさい、やりにくかったと思います)
午後、審判法。A班は林先生、岡村先生、本屋敷先生の指導を受ける。しかし自分は試合だけだった。やはり入りばなを乗られる。気持ちが懸かっていない。その後木刀による基本技稽古法の指導を村上先生から受けた後先生方との稽古に入る。今日はA班は先生方にはかかれないということで七段どうしで廻り稽古。位負けしないように必死で稽古した。
夕食をとり、7時半からテーマ別研修会にのぞんだ。出張先生・吉岡先生のアドバイスで「自己研修」に参加した。もちろんお二人も同じ分科会に参加された。自己研修の分科会は東京の中島先生が司会で、埼玉山中先生、東京岡村先生のお話をお聞きした。「攻め」「手の内」「体重移動」「呼吸法」「昇段について」のテーマで両先生が自らの体験をもとにお話をされた。岡村先生は山中先生のことを「天才の努力家」と分析された。自分は努力の人であるとも・・・岡村先生ご自身は八段審査に20回失敗され、60歳の定年後も再就職の道をすべて断って稽古され、周囲の人々の支えの中で63歳で合格された貴重な体験を話された。余談だが、以前広島市の指導者講習会で講師の藤原先生が「今日この研修会に参加しなかった人々が『参加すればよかった』と残念がり、参加した皆さんが『参加してよかった』と思える研修会にしていきたい」と言われたことがあった。岡村先生のお話はまさに「参加してよかった」と思える内容だった。勝浦に来てよかった。その後の部屋での反省会で吉岡先生が「今日は天才山中先生の抽象的な言葉を、見事に岡村先生がわかりやすい言葉で我々に解説してくださった」とこれまた見事にまとめられ、さらに頭がすっきりして気持ちよく眠ることができた。普段は寡黙な吉岡先生だが、この反省会では饒舌であった。特に先生の恩師作道先生のことになるとなおさらだ。吉岡先生のお話を聞いているうちに作道先生にぜひとも稽古をお願いしなければという気持ちになった。
次の日、4時30分に起床。昨日5時過ぎに道場に着いた時すでに作道先生には10個以上の面が並べられていたので、何としても今日は・・・という思いで早起きした。4時50分に道場にいくとすでに面が2個ほど置かれていたが、幸いにも作道先生の前にはない。「しめた」と思い面を置く。5分ほどすると吉岡先生がこられた。作道先生の前にすでに私の面が置いてあるのを見て「絶対一番にいきたい?それほどの気持ちでないのなら代わってあげてもいいよ」と一見やさしく助言していただいたが、私には「おい、俺と代われ!」と言われているとしか聞こえなかった。少しビビったが、ここは「ありがとうございます。でもせっかく早起きしたので」とお断りした。5時10分頃にはすでに20名ぐらいの受講生が集まってきた。うん、今日は先をとったな。
作道先生との稽古。立ち上がるとものすごい圧迫感・・いや圧迫とは違う感じだ。昨日の山中先生の言葉「打ちながら待つ、待ちながら打つ」が目の前にあるという感じだ。行けば返されるか押さえられる。きそうでこない。くそー負けんぞーとわずかに身を寄せて作道先生が反応した(と見えた)ところを面に出る。でもこれって後から考えると完全に引き出されている。後は行くに行かれず躊躇したところを面、面を引き出して胴・小手と頂戴する。懸かり稽古となり終了。終わるとものすごい脱力感・・・吉岡先生は「お尻の穴がじんじんする」と言っていたけどまさにそういう感じ。次に懸かられる吉岡先生を出張先生もじっと見ている。出張先生の隣で「出し切った」満足感というか、自分にとってとてつもない遠い世界を見た感覚というか・・・何とも言えない気持ちになっていた。次、朝内先生に稽古をお願いしたが、もう力は残っていない。さんざん打たれて終了。さらに追い討ちをかけるように村上先生がマイクをもたれ「往復切り返し?」ああ・・・。
朝食後岡村先生による教養講座「剣道燦々・・・剣道で教え、剣道を伝承する」を聞いた。内容は・・・すばらしい!とにかく感動した。昨晩の「自己研修」でのお話と合わせてみるとさらになるほどと思う。出張先生によれば前回参加した時はもっとご自身のことを話されて良かったらしい。途中「皆さんに質問しますあなた方は試合がなくなっても剣道を続けますか?」と言われた。「他のスポーツと比べるとわかるでしょう、ここが剣道の特殊性につながるのですよ」試合はあくまで修行の過程、試合に熱くなっている生徒・保護者を「そうじゃないだろう」と善導する余裕が指導者には必要だというお話を聞き、剣道「を」教えるのではなく剣道「で」何を教えるのかが大事であるという藤原先生の言葉を思い出した。まったくそのとおり。廣目よ、お前は何のために剣道をやっているのか。これからどうしようとしているのか。
いよいよ最後の稽古。こうなると最後の村上先生の稽古も名残惜しい。(もっと切り返しがしたい。懸かり稽古がやりたいとは思わないが・・・)岡村先生には最後の稽古はお願いできなかったが「先生、すばらしいお話ありがとうございました」と挨拶にいった。「おう、君か。しっかり頑張りなさい期待しているよ。しっかり気を張って、上手の先生方の構えを打ち破るつもりで稽古しなさい」と言っていただいた。初日に一回だけ稽古した私を覚えていてくださったこともうれしかったし、指導者としての先生の懐の深さを感じた。
あっという間の2泊3日。筋肉の張りも心地よい。高倉健の任侠映画を見た観客が、みんな高倉健になりきって映画館から出てくるように、なんか剣道が上手になったかも!?と勘違いしつつ勝浦研修センターを後にした。研修に参加できたのも家族や職場の理解があったからこそ。そして、吉岡先生、出張先生、中島先生と参加できたことは自分にとって幸せなことだった。出張先生がいつも言っている言葉、「浅原先生が自分たちの原点」ここからすべては始まっている。「汝の足下を深く掘れ、必ず泉わく」昨年初めの浅原先生の書をあらためて思い起こした。自分の足下をまず固めなければ・・・出張先生に車で送ってもらい、最後の最後にぼそっと吉岡先生が「楽しかった」と言われた。今回の研修はこの一言に集約されている。吉岡先生、出張先生、中島先生本当にお世話になりました。 |
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